たき火~詩・ひとりごと

アウトプットのためのアウトプットです

2022/7/31

今日母親からまた金を借りた。借りたと言ってみたが、それは婉曲的に表現しただけで、実際上は受け取ったとしたほうが正しい。この年で金の無心をするのは社会通念がもたらす様々な心理的葛藤を乗り越えなければならないが、いったん乗り越えてしまえばあとは心地のよいそよ風に吹かれるて居直るだけである。

事実借りる前はなるべく自分を卑屈でみじめな存在として考えることに傾注し、背を丸めて哀願するような表情を浮かべ、まるで穴があったら入りたくなるような自分に仕立て上げるくせに、いざ借りる手はずが整ったらそれまでが嘘のようにすっくと立ちあがり、まるで何もなかったかのように夕餉の心配をする始末である。

もちろん借りた直後は幾分か自虐的な感興が湧きおこり、周りの事物に敵対的な態度の一つでも取りたくなるが、すぐにもうサイは投げられてしまったことを悟ると、自分という如何ともしがたい生物を極めて冷静に見つめることが出来るようになる。そして以後は何事もなかったように平静のマインドセットを維持しようと努める。

もちろんこの時に金の無心をした時のメールの文面などを見返そうものなら、一挙にピエロに徹していた自分が思い出され、どうにもいたたまれなくなるので少なくとも当分は振り返ることを控えたほうがいい。
いや、何事によらず過去というものは振り返って良かった試しなどない。どんなに甘美な思い出であっても我に返ると後悔と惜別、そして感傷的な余韻に引きずられ、それらはもれなく現在の自分を揺るがしていく。

自分の視座はちょっと前を見るくらいがちょうどいい。ちょうど散歩のときに前方にある小石をよけるくらいの距離感だ。あまり遠くを見すぎると酔ってしまうし後ろを気にしすぎても過ぎ去ったものはどうしようもない。しかしそれに気付くには少々回り道をし過ぎたみたいだ。

YOUR MOTHER SHOULD KNOW

鍵のかかった一室で
母の帰りを待つ姉弟
母を通して見えた世界の
扉は固く閉じられて
暗闇に一条の光もなく
すでに意識は朦朧と
出せるものも出し尽くし
泣く力も果て横たわる
母を恨むことさえ知らず
絶望に逃げ込む術さえ知らず
恐怖におののき
混乱に泣き明かした日々の終わり
新たな扉が開かれて
温かい光が姉弟を包み込み連れ去ってゆく
そこがどんな場所かはわからない
けれどもふたりはそこで無邪気に笑っているだろう
哀れな母のために
哀れな母の分まで

ホーム


鼻を突く臭いに一瞬たじろぎながら
彼らの棲家に分け入ってゆく
都合よく一箇所に集められた人人人
今はただ順番を待つだけの身で
その群れの中に祖母はいた
半開きの口は不吉な予感に満ち
天井を見つめる瞳には何を宿しているのか
周りはそれぞれの役割を果たすべく動き出す
靴をはかせて車椅子に移すもの
肩を揉み出すもの
しきりと建設的な話題を持ちかけるもの
それを呆然と眺めて立ち尽くすもの
誰も彼女の背後に透ける必然について語らない
それがここでの所作であり
おそらく正しいことなのだろう
私の番がきた
彼女ははじめ私が誰だかわからないようだった
その衝撃を私はうまく受け流すことができた
彼女の手を握り自分の名を連呼する
くり返しくり返し
赤ん坊に説き聞かせるように 
すると置物を眺めるようだった彼女の眼がしだいに脈打ちはじめ
私の手を強く握り返した思うと
見覚えのあるくしゃくしゃな笑顔が現れた
彼女は私を認識した
生温かい手は私と祖母が同じ場所にいることを思い出させる
押し寄せる感情を周りに気取られぬよう私は必死だった
こんな瞬間でさえ気持ちを押し殺す自分を呪いながら
こうして私は荷物をひとつ降ろして
また新しい罪を背負い込んだ

酒飲み人

さあさあ、今日も一日ご苦労さん

週の真ん中通り過ぎ

お休みまではあと三日

それからそれも通り過ぎたら

お休みまではあと六日だ

今夜もこいつを飲みほして

頭のゴミを吐き出しちまおう

頭がからっぽなら怖いものなし

すべてが自然の産物になる

不自然が一番良くない

やつは人間をぎこちなくさせて

なにをしたってかみ合わない

全部が上っ面になっちまう

だから自然に勝るものはないよ

純粋な自然、自然の純粋さ

地球上でもっとも尊い知識人ですら、

知ったかぶりの疑念からは逃れられないんだから

だから今夜もこいつを飲みほしたら

明日もからっぽでいこうじゃないか

 

 

 

前髪

何でだろう

きみの前髪がぼくの顔にかかって

かゆくてしょうがない

横にきみがいて

無防備な寝息をたてていて

ふたりは今ひとつのはずなのに

かゆくてしょうがないんだ

 

完全な世界に生じた一点のシミが

徐々にぼくらの空間を蝕んでいく

気がつけば時計の針は一秒ごとに存在を主張し

冷蔵庫は夏の短い夢から覚めてうなり声をあげる

そう思えばきみはいやにリアルな一個の肉塊で

ぼくはきみの前髪にからめとられた悲しい小動物だった

 

 

 

 

健忘症

最後にきみと話したのはいつだったかな。

思い出せない。

昔のことはのっぺりした一枚紙に一緒くたに貼り出されて、

時系列がはっきりしないんだ。

確かなのはぼくはきみと話したことがあって、

思えばそれはとても特別な時間だったってこと。

 

それであの時何を話したかな。

思い出せない。

内容なんて大抵はあってないようなものだから、

誰と何を話したって。

でもきみにはとても大切な話があった気がする。

ぼくらにとって何か決定的な話が―。

 

ああそうだ―。

あの時、ぼくは確かに伝えなくちゃいけなかったんだ。

でも何を?

 

ぼくらはいつだって大事なことを忘れてる。

 

 

 

 

 

愛のテーマ

愛を着飾る所有欲

奉仕という名の悦楽

寛容に潜む余裕

楽天家に滲む悲哀

信頼と貼られた非常口

 

すべてコンビニのゴミ箱に棄ててこよう

華麗な手つきで

誇らしげに堂々と

 

それからもう一度戻ってみて

まだ処分されずに底の方に埋もれていたなら

 

今度は掻き出して掻き出して

ありったけの力で抱きしめて